Think Memo No.227 二極化した縫製工場。国防工場と小さな工房のみ生き残る。

激変! 国産縫製工場の加工ラインが無くなる。コロナ禍の数週間、知人やネットワークを通じて、縫製工場の取材をしている。数年後を予測するためである。日本の加工現場、縫製工場は激変した。

国防産業となった縫製工場。これは完全に戦時下だ。

第二次世界大戦中、多くの日本の企業は、強制的に軍需産業となった。強制的に戦争物資を作ったのだ。ある工場は戦闘機や戦車を。ある工場は軍服を。

この事実を現代人は笑うだろう。実は、今現在、これに近いことが行われている。
流石に、強制では無いが、多くの縫製工場が、国防のための防護服を作っている。

知人の工場は、生産ラインの60%ほどが防護服らしい。数年続く契約なのだ。
これは完全に国防縫製工場だ。第二次世界大戦当時を笑えない。同じ状態である。

新しい商品や雑貨商品を受注拒否する縫製工場。

工場は、防護服で仕事が回っているので、あえて、新しいチャレンジや、単価の安い雑貨商品の仕事は受けない。80%の縫製工場はこの傾向だ。

防護服の仕事は決して儲かる仕事では無いが、必ず来月も来るので安心らしい。安定した受注がある。安定した受注と大量ロット、工場にとっては申し分ない。

縫製関連事業は、海外と日本製のバランスを取るしかない。

日本の縫製工場は国防産業となった。小規模企業は、生産拠点を再び海外に活路を求めるしかない。カントリーリスクは十分承知だが、日本での生産は極めて難しくなる。

大手は、縫製工場を自社関連会社化して行く。結果、フリーの工場は極めて少なくなる。
リスク承知で海外生産を再度考えるしかない。

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